第8話 蛙の子は蛙

2012年12月7日

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私は地元の公立小学校、中学校を卒業した後、通学に約1時間30分かけて
川崎にある某大学の附属校に入学。その後同大学の経済学部を卒業することとなります。

実は、小学校を除く全てが親父と同じ学校、唯一違う小学校も隣の学校で
学歴というかもし履歴書を並べることがあったなら瓜二つみたいな感じです。

中学受験を全滅後、地元の公立中学に入学、成績も特別良くも悪くも無かった私。
そのまま、ズルズルと時が過ぎ、進路を決める時期がやってきました。
受験校のガイドブックをペラペラとめくっている時まったくの興味本位で
父親が出た学校というだけでそのページにたどり着きます。

神奈川の学校だったので最初から選択肢に無かったのですが
よく読むと試験方法が面白いことに気づきます。
まず驚いたのが募集人数。男子校ながら750名もの募集に加え、その内
約半数を無試験の推薦入学で選考していたのです。

今ではだいぶ名の知られた高校になりましたが知名度や隣県という距離もあり
校内では意外と注目度はイマイチでした。
あとは区内でも比較的レベルの高い中学だったせいもあったのかもしれません。

実際、中の上程度の成績を取っていれば一通り条件はクリアできます。
早速担任の先生に相談すると『推薦枠あるよ=』ということになり試験も
面接も無しで入学という何とも拍子抜けの高校受験となったのです。

でも、成績は通知票で評価したとして面接に関しては、内申書などの
中学校側からの情報だけと言うことになります。
実際の社会ではちょっと考えられませんが、そこがまた豪快な学校だと
変に男気を感じたりしていました。
ただ入学するとその豪快さというか超放任主義に、さらに驚かされます。

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まず、校内はオール土足。いわゆる上履きは、体育館履き以外ありません。
また朝の学活や終業後の掃除、学活もありませんでした。
つまり、担任の先生の授業が無いときは、一日顔を会わせることもなく
掃除に関しては業者が入っていました。
親父の頃は、一時限90分授業の4コマ。つまりほぼ大学方式だったとのこと。

男子校一学年750名。超放任主義?
しかしこの全校生徒、2250名の男所帯を束ねる唯一の鉄則が有りました。
それは

何があっても喧嘩は御法度

でした。
暴力事件や警察沙汰はもちろん、世間一般的に問題のある行為は
即退学ということが決まっていて、それが目に見えない防波堤の役割をしていました。
実際、附属校なのでほとんどの生徒が大学までの進学を望んでいます。
そのことからも、校内での男社会で絶対に犯してはならない一線だったのです。

そんな高校に入学した年、硬式野球部が甲子園に出場となりました。
1回戦で決勝まで進出することとなる、元ロッテ、巨人と活躍した
前田幸長投手率いる福岡第一に敗れましたが、親父が入学した当時も
ちょど元巨人の柴田勲を要して甲子園夏・春連覇していた黄金時代。
そんなコトも何か縁の一つかも知れません。

しかし、小・中学校と共学で過ごしてきた私にとって寝ても覚めても

男・男・男

おまけに先生も男だらけ!の環境。
最初の半年は色々と悩むところがあり都立への編入も真面目に考えました。
思春期の男子にとって、この時期色々有りますよね~

まあ、いずれにしても私の人生の上での大きなターニングポイントが
少しずつ目の前に迫っていたのです!





2位じゃダメなんですかぁ~(笑)
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